滋賀大学 河本薫教授インタビューVOL.1

はたらくことメディア

はたらくことメディア 河本薫

「感謝は僕の原点」努力と謙虚さが人生を変える出会いを生む。河本薫教授に学ぶ、自分自身の人生と向かい合い 信念を持つ人の強さとは。

2020.3.5

河本薫 プロフィール(取材当時)

京都大学工学部数理工学科卒業。
京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻修士課程修了。
大阪大学工学系研究科エネルギー環境工学博士課程修了。
神戸大学経済学研究科博士課程修了。博士(工学、経済学)。
1991年大阪ガス入社、1998年7月米国ローレンスバークレー国立研究所客員研究員、
2000年大阪ガス復社後2011年同社ビジネスアナリシスセンター所長、
2018年滋賀大学データサイエンス学部教授、データサイエンス教育研究センター副センター長

<受賞歴>
2013年9月 日経情報ストラテジーが選ぶ初代データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー
2014年3月 日本データマネジメントコンソーシアム データマネジメント大賞(大阪ガスとして)
2015年11月 企業情報化協会 IT総合賞(大阪ガスとして)
2015年11月 情報処理学会 デジタルプラクティス論文賞
2016年10月 情報化促進貢献 経済産業大臣賞(大阪ガスとして)
その他受賞歴多数。

ビジネスで培った実践的かつ豊富な経験と、一貫した理念の元組み立てられる講演は多方面から講演依頼が後を断たない。
現在は滋賀大学データサイエンティスト学部で「データサイエンスを強みとするビジネスパーソン」たちを育て、枠に囚われない自由な発想で活動し続けている。
<著書>
会社を変える分析の力 (講談社現代新書)
最強のデータ分析 なぜ大阪ガスは成功したのか (日経BP)


データサイエンティストとは、企業や官公庁など様々な意思決定の場でデータに基づいた合理的かつ本質的な判断を行えるよう、高度な分析スキルをもって意思決定者をサポートをする専門家です。
皆さんがもつデータサイエンティストのイメージとはどんなものですか?私のイメージですが、ワークスタイルは一日PCの前に座り、ひとりで何か難しそうな事をする個人プレイな職業イメージでした。しかしそれはどうやら全く違うようです。
分析する仕事内容に合わせて業務理解から始まり、問題を吸い上げ、課題を見つける事を求められます。そのため、データサイエンティストはアクティブに現場へ足を運び様々な問題点を現場と共有することで、本当に必要な課題とは何かを探し当てます。そしてそこから様々なスキルを使い分析し、それを現場レベルで落とし込み、企業にとって価値ある仕事にしていくことが、データサイエンティストの仕事であるといいます。
すると統計解析やITのスキルはもちろん必要ですが、ビジネスセンスやコミュニケーション能力など様々な素養が求められる仕事だということです。
アメリカではデータサイエンティストは今最もニーズがある職業といわれており、平均年収は1200万円程と高収入です。また、データサイエンティストを募集する企業も多くシリコンバレーではGoogle, Facebook, Apple, Airbnb, Uber, Lyft, Stitch Fix,などの「テック系企業」といわれる所謂イケてる会社が軒並み5年連続で採用時の給与を上げています。
*How Much Do Data Scientists Make?
こうした現場へ羽ばたく次世代のデータサイエンティストたちを育てる環境として、アメリカではノースカロライナ州立大学高度アナリティクス研究所など、データサイエンスの学位を取得できる大学がいくつもありますが、日本ではデータ解析を専門とする人材も少なく、育てる環境も整っていないことが危惧されていました。そんな中、2017年国立大学法人滋賀大学に日本で初めて「データサイエンス学部」が設置されました
今回はそんな高度なデータ分析を学ぶ事ができる「データサイエンス学部」を日本で初めて設置した 滋賀大学で教鞭を執り、初代データサイエンティストオブザイヤー受賞の河本薫教授の職業と人生にスポットを当てていきたいと思います。

はたらくことメディア 河本薫
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データと分析力でビジネスと社会に貢献する仕事

— ではまず、職業ストーリーについてお伺いしていきます。まずはデータサイエンティストという仕事について教えてください。

今、「データサイエンティストってなんですか?」と聞くと、色んな人がみんな違う事を答えます。違うけれど、それなりに全部正解なんです。つまりこの問いは今、一番罪のある問で(笑)、データサイエンティストを一義的に捉えようとしている問なんですよ。僕はデータサイエンティストというのは多義的だと思っています。

ざっくり言えば、AmazonやGoogleで働いている人たちは解決したい「問題」要するに「分析するお題」が決まっています。例えば、「クリックを増やしたい」などが問題です。Amazonなどで購入すると「こちらもいかがですか?」と画面におすすめ商品が出てきますよね?その予測をより当たるものにするために、高度な数学を駆使して予測がより当たるアルゴリズムを作ろうとまい進しているのが彼らですよね。

一方、私の前職である大阪ガスや日本の普通の会社でデータ分析専門家が対峙する問題は、この「お題」がありません。どんな状況かというと、データと分析ツールはあります。「君の仕事は大阪ガスでデータと分析力を使って会社に広くビジネスに貢献することだ」ということでお題は無いんですよ。そうすると、その立場のデータサイエンティストにとって非常に大切なのは、まず「問題を見つける」という事なんですよ。もう少し具体的に言うと、データと分析力を駆使して、会社に貢献できる機会を見つけるというのが最初のステップです。

次に実際にデータをもらって、分析をしてそれに対して何か答えを出します。例えば「故障予測ができるようになりました」とか、「お客さんは多分こんな事を考えています」など、これが「解く」というステップです。でもこれで終わりではなく、最後にもう一つ大切な事はそれを実際に使わないと意味がありませんね。しかし使うのは誰かというとデータサイエンティストではなく、業務担当者なんですよ。その人たちが僕がパワーポイントをまとめてポンと報告したら使ってくれるかといったら使ってくれませんね。物事に対しての理解力や人間としてすんなり受け入れたがらない精神的な壁などもあるので、事業部と共に問題を共有して共に進めて「役に立つ」分析をして「使わせる」ということが最後の大切なステップです。

「見つける」「解く」「使わせる」とこの3つのステップというのが、前職時代に培ったデータサイエンティストが大切にするべきステップだと考えます。 

もちろん他にもバリエーションはあるけれども、これが私が考えるデータサイエンティスト像です。 

もうちょっと概念的に言えば、データと分析力で企業や社会に貢献するっていうのが僕らデータサイエンティストの仕事という感じですね。

— なるほど、人が解き、これを使うのもまた人ということですね。”人”がキーになってくるかと思いますが、この課題を「見つける」という事はできそうで出来ない人が多いようにも思いますが。

まさにそこが一番大切なところです。
今のこの日本の国を見渡した時に、なんでこの国が停滞しているかというと自分で問題を見つける事が出来る人が非常に少なく、言われたことをまじめに精いっぱいするという人間ばっかりになっている点だと思います。それはやっぱり良くないですよね。

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仕事の範囲なんてない。究極の目的は、12人の学生たちの幸せと社会で貢献できるビジネスパーソンにすること。

— そういった問題点もあって、データサイエンスを教えるという形に働く形を変えたんですか?

転職した理由を形式的に言えば滋賀大学から「日本で初めてデータサイエンス学部をつくります」とお誘いがあったんですよ。僕の中では前職時代に若手の新人を育ててきたという経験と自信がありました。その経験の中で、はたして数学とかプログラミングなど、学問的なことだけを教えるだけで社会で本当に役に立つデータサイエンティストが育つのかがとても疑問でした。
僕の中で持論ですが、そうではないやろって。やはり、「見つける」と、「使わせる」も必要やろって思いました。特に「見つける」という所については、「企業に入ってから学べばええやん」て人いるんやけど、実際企業に入ってきた若手はいつまでたっても「見つける」ということができていない。ということは、それはそもそも学ぶ機会がないということなので「見つける」という事もなんらかの形で教えるという事をせなあかんという確信めいたものがあったんですよ。
でもそれを教える事ができるのは、実際にビジネスや社会で色んなデータ分析や失敗、経験をした人間しかできないじゃないですか。でもそういう人間ってなかなかいなくて、自分しかいないんじゃないかなという風な自負みたいなものもあり、日本で初めての滋賀大学のデータサイエンス学部をちゃんと実行的で、本当に世界に役立つ人材を輩出する場にしないとという思いから教えるという立場に転向をしました。これが全部こけていってしまったら、この国にとっても良くない。

― そのこれからの時代を担っていく学生たちを育てる”大学の教授”という職業は河本先生にとってどんなものですか?

僕は職業っていう意識がものすごい希薄なんですよ。だからあまりそこは意識していないし、どうでもいいと思ってますよ。
前職でいうと、データサイエンティストっていう職業という意識はほぼ無い。そうではなく、「大阪ガスという自分が務める会社に貢献する」っている使命感だけなんですよ。
だから僕にとっては大学教員っていうのはなんですか?という意識はほぼゼロで、どちらかというとこのポジションを活かして、自分の使命を全うしたいという思いだけなんですよ。その使命とは、「少しでもデータと分析力を生かした企業や社会に役に立つ人材を世に出す」ということなんです。その使命感だけでやろうとするので、世間一般の大学教員とはこうあるべきだってところからは逸脱してるかもわかんないですね。

 ― 企業や社会に貢献するという使命が大切なポイントですか?

あまり意識していませんでしたが、使命感を持たずに生きていく日々というのは送れないかもしれませんね。
僕はバカンスが好きで、綺麗なビーチでピニャコラーダを飲むというのは一番の幸せだけど、それとこれとは別です。仕事においては使命感を感じてやっていかなければ僕にとっては辛いことなんですよ。ポジションが欲しいわけでも、権力が欲しいわけでも無く、自分の使命を果たせる立場という事の方が大切です。大学教授になったというのも、自分にとって使命を全うするのに非常に良い立場であったというのはありますね。

― 河本先生を使命感に駆らせるものはなんですか?

一番の究極の目的はなんのか?と考えた時に、そこは必ずピュアなものを持ちたいと思っています。核心的な部分はピュアだから、手段は別に泥臭くても良いって僕は思います。だから僕は学問を教えるのも手段にすぎないと思っていて。
目的は何かというと、「12人の学生を幸せにして、社会に貢献できるビジネスパーソンにする」ということなんですよ。そのためには何をしなければいけないのかというと、もちろん教育もありますが、今は頑張って就職活動を支援しています。やっぱりマッチングが大事じゃないですか。いい人材ができても、本当は神様が知っているすごいマッチングがあるのに、それに出会わずに終わってしまっては、みんなが損ですから。
就職した後も普通の先生じゃあまりしないのだろうけど、僕は企業出身ですし卒業生たちのメンテナンスもしたいと思っています。前職の経験から、仕事上の悩みを聞いてあげる事もできるという事も含めてです。大学の教員というところに意識がないので、目的だけ考えたらそういうことが僕の仕事かなという発想かな。

― 「仕事の範囲」というものには留まらない河本先生の仕事は、一貫性があります。このような型にはまらない”先生”と出会える事は、これから羽ばたく学生たちの人生にとって素晴らしい機会だと思います。
だからこそ質問させてください。河本先生にとって、仕事とは、働くこととは、なんでしょうか?

最初に出てくる言葉は「感謝」です。仕事を通して色々な経験をして色々な人との出会いがあり、それが自分という人間を支えてくれています。それに対して常に感謝の気持ちがあり、頂いてきたそれだけのものを世の中に返さないとあかんやんって、妙な使命感みたいなものがありますね。
僕は言葉で言い表す事は得意な方だと思ってるんですけど、仕事とは何かっていう問いはなかなか窮しますね。

でも、若い時と今じゃ明らかに変わってきましたね。仕事に対して受け身で、「仕事をしなければならないから働いてる」というのが若い頃。それに対して今は、「仕事をしたいから仕事をしている」という感じに変わりました。そうなれたのも、やっぱり「感謝」で、それは僕の原点です。それは何かというと、自分の中で、「やりたいこと」と「できること」と「やるべきこと」が一致するようにある時からなれなれたんです。だからこそ、仕事をしたいと思えるようになったんですよ。僕は父を早くに亡くしています。人には人生の終わりが必ず来る、だから自分の人生においてもあと何年という終わりを意識します。だから滋賀大学で教員として定年まで全うしてもあと10年ちょい、振り返ってみても12、3年前なんて結構最近。するとそんなにたくさん時間は無いじゃないですか。「あとこれだけしかない中でどれだけ恩返しできるかな」って、そんな感じが強いかもしれないですね。

著書にも書きましたが、後藤新平さんが残した言葉で
「金を残して死ぬ者は下、仕事を残して死ぬ者は中、人を残して死ぬ者は上」 
という言葉があります。僕はこの言葉が好きで、年齢とともに金を残すことにも仕事を残す事に対しても価値が下がり、人を残すというところにどんどんと軸足を置きだしました。残りの人生を人を育てるということを職業にできるという事はとてもありがたいと思っています。

はたらくことメディア 河本薫

職業における「仕事の範囲」とは何なのでしょうか。会社が作ったマニュアル?それとも自分で作ったルール?もしかすると知らない間に自分の中でつくられたステレオタイプな固定観念かもしれません。自分が勝手に決めた「ここまで」とした事には発展性は無く、成長も見込めません。もちろん「範囲」が必要なこともありますが、仕事において「範囲」を決めつけてしまうことは人生の可能性を狭めてしまう事になりかねません。自身の仕事に使命感を持ち働くという事は、人生に様々な可能性を広げてくれるカギのひとつなのかもしれません。

次回VOL.2では、全てが受け身の人生から「俺はこのままでええんか?」人生と向かい合い、人生の在り方を変えていった河本先生の人生のストーリーについて伺っていきます。どうぞ、お楽しみに。

写真:旦悠輔(旦悠輔事務所)
取材・文:小川圭美

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