厳しい環境と現実に身を置きながらも、仕事を通して人生を楽しむ。東京洋傘職人・林康明さんに学ぶ、柔軟なキャリアチェンジに見る人生の選択方法。
2019.11.09
林 康明 プロフィール(取材当時)
株式会社 市原 伝統工芸士・東京洋傘職人
1985年株式会社 市原入社。営業職を経て、傘職人渡邊政計氏に師事し傘職人となる。
ファッション業界に関わり続けてきたその感性は今、理想の傘を創り出すのために注がれている。
おしゃれな男性に愛されているRamudaの傘は、株式会社 市原にいる職人たちの手によって生み出され続けている。
HP: http://ichihara-1946.com/
公式通販:http://ramuda-1946.com/
Instagram:https://www.instagram.com/ramuda1946/
職人を取り巻く環境と現実。
サラリーマンとは違う、こういった職人っていう選択肢、業界もあるよという事を末広がりに広げていきたいという事で来たんですよね?
でもね、現実はそんなもんじゃないんですよ。この業界はね、職人が飯が食っていけるかどうかって問題が先なんですよ。我々は家内制手工業の最たるもんで、じいちゃんばあちゃんが夜なべしてこつこつ作業しているような業界です。これは傘だけに限った話では無く、傘の生地を作る紡績もそう、みんな口を揃えて言いますよ「苦労をするから、別の仕事に就いた方がいい」って。
ヨーロッパに職人文化が根付いているのは、歴史があってそれを大切に育ててきているから。グッチやセリーヌ、マリア・フランチェスコ、昔からあるブランドがそれぞれのショップを持ち、それぞれの販路があるから、じいちゃんが職人としてしっかり働ける。そして、次世代の職人も育てながら、50年、100年と続けていけるわけです。
— ではなぜ日本ではヨーロッパのように伝統的な技術やブランドが確立させ、文化として定着させることが難しいのでしょうか。
日本の場合は百貨店に卸し、大きな販路に依存しがちな事も一因ではないかと思います。雨の時期は傘の売り場が広がります、でも雨の時期が過ぎれば当たり前ですが傘のコーナーはとたんに縮小される。そうなると、売り上げはもちろん下がります。売り上げが下がれば、職人は傘をつくることが出来なくなる。ようするに職人の仕事が無くなるんですよ。
だから、サラリーマン以外にもこんな仕事があるんだよって紹介したい反面、日本の中小企業の職人たちはみんな同じ状況に追いやられているから、無責任には言えないという思いです。
— ということは今は職人になりたい子よりも、職人の世界を守り広げていける子たちが必要ということですか。
そうですね、職人が少ない!日本の伝統が無くなってしまうと言われているけど、それは捉え方が違う。
職人が少ないから存続の危機なのではなく、買う人が少なく、仕事がないから職人や伝統が存続できないの間違えです。
平成30年3月に都に伝統工芸品として認定され、東京都知事の小池さんのサインが入った漆塗りの盾を頂きました。でもそれで何かが変わったわけではない。一時的な補助金や表彰もその時はいいかもしれないですが、結局365日仕事がある方がよっぽど良いんですよ。
現在、日本酒の業界はとても頑張っていて世界でもワインやウイスキーと同じ位置づけで戦っています。錫製のテーブルウェアも国内だけでなく海外でも注目されています。日本の文化や伝統、技術は素晴らしいものがあるのだから、これからはmade in Japanを世界に向けても発信していきたいと考えています。
しかし、ものづくりという観点からみるとmade in Japanはとてもあいまいな基準です。
傘でいえば全て海外でつくり最後に手元を日本でつけただけでmade in Japanと表記できてしまいます。だからこそ、市原はより本当の日本製にこだわるんです。
失敗こそが成功の糧、仕事を通して人生を楽しむ。
市原の工房で働く女性の職人さんは、美大を卒業後、車をつくるエンジニアとして8年勤め、その後に傘職人になったというキャリアの持ち主でした。
技術を習得するため修行する期間の2,3年は生活できるだけの貯金が必要です。そのためにまずはエンジニアとして働き、貯金をして、それからほぼ無給で初めの師匠の下で傘づくりの修行に入りました。その期間はお金を生み出すことはできません。そのような状態に加え、技術を習得した彼女に伸し掛かかった問題はそれだけではありませんでした。それは、技術を習得したのだから高齢の職人さんたちを支える為に個人の人生を犠牲にしても傘を作り続けろという師匠の言葉でした。職人さんたちが仕事として続け、賃金を得て生活していくということはそれだけ難しいという現実を表している出来事です。
これでは続けていけないと転職活動を始めた時、市原の会長と出会えた事で彼女は今も市原で洋傘職人として働いています。
彼女にお話しをうかがったとき、なんともいえない虚無感に苛まれました。彼女のように、自ら伝統技術の職人になりたいという志のある人々を育てるためのサポートするシステムがないものかと、思いあぐねてしまいました。
素晴らしいものを作り出す職人さんたちが生きていくには、その仕事がビジネスとして成り立ち、守り広められ、更に需要を生み出す必要があるということです。
「職人のなり手がいないから日本の伝統文化は失われしまう」ということは目先の話しで、問題はそれ以外にも山積みだということをどれくらいの人たちが知っているのでしょうか。職人さんたちを取り巻く環境は過酷です。
だから市原の会長はすごいんですよ。
この工房を構えて、職人を一人でも増やし、守っていこうというスタンスをとっている。私はサラリーマンであり職人でもあるわけです、それって凄いことなんですよ。
— 以前は市原で営業をされていたと仰いましたが、なぜ途中から職人さんになったんですか?
当時の職人さんは80代で、体調を崩すこともあり、このまま10年経ったら会社はどうなるのだろうという話がでたのがきっかけで、職人さんを育てなければならないとなった。それで僕は洋服や雑貨小物、ファッションが好きで、営業の時に絵を描いてプレゼンをしていました。それを知っていた会長が「林さんは器用だし、職人になってみない?」となったのがきっかけです。
だから僕たちは、お給料をいただける職人です。
ものづくりの職人の在り方としては奇跡的だと思っています。
— では林さんにとって、はたらくことってなんでしょうか?
職人魂で言わせてもらえばね、僕にとって働くことは生きがいですよ。
営業も面白かったですが、今の方が僕は仕事を通して人生を楽しんでいます。
— 仕事や生き方に対しての情熱やこだわりを教えてください。
自分が思い描いた理想の傘を作りたいんです。それが形にできたときは、ものすごい喜びを感じます。試行錯誤しながら、型を山のように作ったり、ここのしわを無くすには張り方をこうしたらいいんじゃないかと、そんな風にして1本の傘が出来上がったとき、こんなに嬉しいことは無いんですよ。きっと業界は問わず職人さんはみんなそうなんじゃないでしょうか。
僕は営業のままだったらとっくに辞めていると思います。だけど、職人になりここにいます。職人にならないかと言われたときは「僕にできるんだろうか」と思う反面「やっていみたい」という気持ちが勝りました。
— では人生でなにかチャレンジするきっかけがあるとしたらチャレンジはしてみるべきだと思いますか?
はい、得手不得手はあるけれど、何事も続けていくとできると思うんです。
子供がスポーツをやる感覚に近い。夢をもって練習を頑張る、試合でこてんぱんにやられてくじける、でも俺は好きだからまた頑張る。あの感覚です。
— なるほど、では仕事においても続けていくということは重要ですか?
練習しない奴が上手くなるはずがないと僕は信じています。
さっきの子供のスポーツのたとえ話もそうですが、もって生まれた身体性やセンスもあるとは思いますが、練習せずに上手くなった奴は僕は知りません。
そして、失敗こそが成功の糧だと思います。
失敗が無く、成功ばかりしている奴がピンチになったときにそれをどう対処できるんでしょうか。100回の失敗の上に1回の成功があるんじゃないかと思います。
平成30年3月に伝統工芸品として認定された後に、都はオリンピックで使う頭からかぶるタイプの笠を発表しました。その傘は中国製です。日本が誇る文化や技術と言いながら、私たち日本人はその本当の価値や守り方を知らないのではないでしょうか。ヨーロッパの歴史ある素敵な街並みやブランドに憧れながらも、日本の商店街はシャッター街と化し、街は常に再開発が行われ高層ビルに。地震がある日本では建物を保存し続けることは難しいことですが、先代から受けついただ知恵や技術を守ることは可能なはずです。その方法はなんなのか、本腰を入れて考える必要がある時期なのかもしれません。
林さんは「職人の世界の現実は厳しいもの、子供たちに夢のあることを言いたいけど現実はそうではない。」とものづくりをする職人さんたちの生きる現状を危惧して、貴重なお話をしてくださいました。しかし自身の仕事をとびきりの笑顔で「生きがいだよ。」と仰っていた事が一番印象的でした。仕事への情熱とそれをとりまく業界の現状はまた別の話しであり、課題があるということです。これは、この業界に限った話ではなく、どんな職業にも通して言える事なのかもしれません。時代の移り変わりは早く、ビジネスのトレンドも目まぐるしく変わります。変わるべきものもありますが、守り広げていくべきものも存在すると私は考えます。これからのインタビューを通して本質をとらえ、ひも解いていく課題となりました。
取材・文:小川圭美
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