「東京洋傘職人・伝統工芸士 」株式会社市原 林 康明さんインタビューVOL.1

はたらくことメディア

林康明

失敗こそが成功の糧、厳しい環境と現実に身を置きながらも仕事を通して人生を楽しむ。東京洋傘職人・林康明さんに学ぶ、柔軟なキャリアチェンジに見る人生の選択方法。


2019.11.07

林 康明 プロフィール(取材当時)

株式会社 市原 伝統工芸士・東京洋傘職人
1985年株式会社 市原入社。営業職を経て、傘職人渡邊政計氏に師事し傘職人となる。
ファッション業界に関わり続けてきたその感性は今、理想の傘を創り出すのために注がれている。
おしゃれな男性に愛されているRamudaの傘は、株式会社 市原にいる職人たちの手によって生み出され続けている。
HP: http://ichihara-1946.com/
公式通販:http://ramuda-1946.com/
Instagram:https://www.instagram.com/ramuda1946/


東京の伝統工芸品とは、時代を越えて受け継がれてきた伝統的な技術と技法によってつくられたもので、現在41品目(取材当時)が指定されています。

なかでも去年、東京の伝統工芸品として認定された「東京洋傘」について、1946年創業の株式会社市原の工房に伺い、伝統工芸士、東京洋傘職人の林康明さんに実際の傘作りを見学させていただきながら、傘づくりや現在の職人を取り巻く環境についてお話を伺って参りました。

「東京洋傘」、その歴史はペリーが来航した際に持ち込まれた洋傘が注目を浴びたことがはじまりです。明治初期に着物に洋傘をもつ姿は憧れの対象で、とても高価なものだった洋傘を東京の職人たちが自らの手で作ろうと試行錯誤を重ね作り始めたそうです。現在の墨田区に洋傘製造会社が組織されたことで、本格的な生産が始められました。

林康明
林康明

 一本の傘にはおよそ40~50のパーツが使われていますが、骨屋、手元屋、生地屋、それぞれが技術を磨き、妥協が無いものづくりの積み重ねによって、美しく機能性の高い傘が出来上がります。多くのものが機械で大量生産できる現代ですが、傘は現在でも全ての工程が職人さんたちによる繊細な手作業で作られています。
それぞれの工程はとても繊細です。例えば同じ紳士65㎝サイズの傘に対して用いられる傘の生地を裁つための三角形の型はいくつもあり、それぞれが少しづつ違います。
同じサイズの傘を作る型のはずなのに、型を寄り合わせてみるとそれぞれの形が異なるのです。

理想の傘を作り出すためのこだわりの型、それを生み出す職人魂。

— 型がたくさんありますが、これらの違いは何でしょうか?

例えばこのいくつかの型は65㎝の傘をつくるこの骨に張るための型ですが、同じサイズの骨に張るはずなのに型のサイズが微妙に違う。それは張る生地に合わせて違う型を使うからです。

生地は収縮率や織り方の違いがあるため、全て同じ型でカットしてしまうと、しわが出たり、骨が負けてしまったりということがあるんです。この型からカットした生地を8コマ合わせて傘にするとして、左右で1ミリ違うと両方で2ミリ。それを8コマ合わせると最終的には16ミリもずれてくることになる。それじゃあダメなんですよ。だからこうして大量にこしらえざるおえない。

これは教科書があるわけではないので、技術と感覚。言ってしまえばこれが秘伝のタレなんですよ。

各社、傘の形は違うから他社さんがどうやっているかはわかりませんが、うちはこの型を使いながら1枚1枚丁寧に裁断するのがスタイルです。生地を重ねて、一気にザクっと切ることも可能ですが、それだとどうしてもずれてくる。これは、柄合わせと美しいフォルムを作るためには欠かせない作業です。

林康明
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谷落ち張りがRamudaの証。ものづくりに誠実な企業理念。

シビアなことを言えば10枚重ねた生地を切れば、作業に掛かる時間は10分の1になり、コストが変わってきます。しかし、手をかける事ではじめて美しい傘ができるのです。

では美しい傘、その目指すフォルムとはどんなものなのでしょうか。

それは「谷落ち張り」と呼ばれる張り方で、傘の骨のカーブをえがいたところに張られた生地が緩やかなカーブを描きながらへこんでいる様をいいます。このフォルムを出すには、林さんが作り出すあの型がとても重要になってくる究極の職人技。この「谷落ち張り」は、雨が傘に当たる音がとても美しく、美しい音色と共に雨が傘を伝い落ちていく様は、勤続年数が短い社員であっても「あ、あれはうち(Ramuda)の傘だ。」と分かるほど特徴のあるものだそうです。

 その美しさや機能は、売値が6万円以上するようなヨーロッパ傘にも引けはとりません。Ramudaの傘は職人さんによる繊細な手作業が全ての工程で施されていて、例えば傘を開く際に上下する部分の下ろくろには、集結した骨を束ねるパーツで手を傷つけてしまう事が無いよう、布地が巻かれる「ロクロ巻き」がなされています。傘の先端の石突きの根元にはシャーリングが寄った「菊座」と呼ばれる共布が付いてますが、あの小さな菊座自体も布と和裁バサミ、針と糸を手に、職人さんがひとつひとつ丁寧にシャーリングを寄せて作っているのです。随所に丁寧な手作業が施されています。

このように傘づくりはとても工程も多く、商品を作り販売するまでとてもタームが長い商品でもあるのです。

林康明
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いいものを大切に使うという価値観

まるで絹鳴りのような小気味いい音を立てながらの検反(布を検査)から始まり、長い長い生地を一枚ずつ丁寧にする裁断、傘生地を柄がずれないよう丁寧に縫い合わせる中縫い、どれもリズムよく林さんの手によって進んでいきます。私は出際に自宅の玄関に置いてあったビニール傘を思い出しながら、「いいものって、こういうものをいうのか」と思わずつぶやいてしまいました。

私はビニール傘世代です。若者世代はもっとそうかもしれません。でも「いいもの」を持ちたいという欲は若い世代も含めて、どの世代もあるのではないかと思います。だけど何が「いいもの」なのかという事を知らないが故に、有名な海外ブランドなどに走りがちです。しかし、このように手間を惜しまず丁寧につくられた物は有名ブランド以外にも存在するのです。思いや願い、伝統を積み重ねた物が。それが本当の「いいもの」というものなのではないでしょうか。
「いいもの」を自分の目で選び取るということは、知識や人としての在り方を自分に問う事との様に思います。

こういった価値観を次世代に伝えるためにも市原では、中央区などと協力して、伝統製法でつくられたミニ傘に絵付けをするという体験提供をし、広く知ってもらうため活動を様々な形で行っています。

林康明

傘はユーザーに寄り添う人生の相棒

丁寧につくられたいいものを長く大切に使うにはメンテナンスをしてくれる場所が必要です。しかし他社製品やインポートは受け入れてくれる会社はなかなか無いというのが現状です。その理由はインポートの傘や他社で作られた傘に使われているパーツは手に入らない場合もあるからという事と、手間はかかるが、儲かるわけではないからという部分もあるでしょう。

しかし市原では自社製品のメンテナンスはもちろんですが、そういったインポートや他社の傘であっても在庫パーツで対応可能な場合は、できる限り修理を受けている日本でも数少ない会社です。その姿勢は、傘はユーザーの歳月に寄り添う人生の相棒だという市原の真っ直ぐで職人気質な企業理念を表しているのではないでしょうか。

次回は、ものづくりの職人さんたちを取り巻く環境と現実について迫ります。お楽しみに。

取材・文:小川圭美

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